44.絞りの着物について   
 宮尾登美子さんの本に、 「絞りは、しょせん街着。どんなに高価でも上品なものではない。 招待客を迎える側が着るものではない」とあるのですがなぜなのでしょうか。
  これは著者世代の共通認識なのでしょうか。そうであるなら いつごろからの格付けなのでしょうか。
  模様なしの疋田絞りは江戸時代の裕福層の豪華な長襦袢だったからだ という話しも聞いた事があるのですが、「どんなに高価なのもであっても」と あるので理由としていまひとつ納得できません。 ご回答よろしくお願いいたします。

 絞りは街着、カジュアルであることは昔から通説とされているように思いますし、私もそう思っています。
  最近(ここ10〜20年)それまでの慣習を無視したような商品(ゆかたの振り袖、紬の訪問着や留袖、等等)が巷に氾濫しているために、それまでの慣習が分からなくなってきているのだと思います。
 
さて、絞りは何故街着なのかということですが、まず経験的に晴れ着と街着の間には次のような違いがあると私は思っています。
  きものの格づけには素材が大きな要素として関係しています。その素材の中で晴れ着に適しているとされるものは、いずれも光沢があり、すべすべしたものです。縮緬の中でも光沢のある綸子の方がシボのあるものより晴れ着に適していますし、シボのある物でもシボの低い一越の方が格が高く、シボの高い鬼縮緬は格が低いとされています。
  帯も留袖に好んで使われる佐賀錦や箔使いのもの、金糸銀糸を使ったものはいずれも光沢があるものです。
  これは和服のみならず洋服の世界でも同じような感覚があるように思えます。
  ニットのスーツは格が低く布帛のスーツはフォーマルとされているのもそのせいでしょう。
  これらの判断は古来人間の金に対する崇拝と無関係ではないように思えます。金は権力の象徴であり、室町以前には仏の象徴とされてきました。(非常に幼稚な表現ですが)ピカピカする物への崇拝がきものの格付けに影響しているように思えます。
  木綿、紬、その他街着とされる素材はいずれも光沢の無い、表面がざらざらとしたものです。  
  江戸時代以前には、武士の小袖として辻が花など絞り染めが使われていましたが、当時絞り染めは防染の手段とされていましたので染められた生地は元通りに延ばされていました。絞りの特徴である凹凸は無かったようです。
  以後、絞りの風合いとしての生地の凹凸がもてはやされるようになりましたので次第に街着になったと考えられなくもありません。
  絞り染めには二つの源流があります。京絞りと有松絞りです。京絞りは一目絞りや匹田絞りのように緻密な絞りで総鹿の子ができる以前は柄の一部を構成する為のものだったようで、晴れ着の柄の一部に使われていたようです。しかし、現在の「絞りのきもの」と称するものは総柄の絞りがほとんどで、その源流は有松絞りのように思えます。
  有松絞りは京絞りのように柄を構成する為の絞りではなく、柄の偶然性と生地の風合いに特色があります。有松絞りの風合いはピカピカには程遠いものであり、絞りが晴れ着ではないとする理由はうなずけるものです。
  最近は絞りの訪問着が創られ、絵羽付けの柄に金彩を施したものが見られます。絞りに金箔銀箔、金糸銀糸は私の目にはどうも違和感があります。Tシャツ、ジーンズに革靴を履きタキシードを着ているようにも思えます。  以上が私が思う「絞りは街着論」ですが、本当のところは分かりません。もっとえらい人に聞いてみてください。
  もうひとつ「どんなに高価なものであっても」に関してですが、もともとは「晴れ着=高価」「街着=安価」の方程式が成り立っていたものと思います。権力者が纏う晴れ着は贅を尽くした高価な物が用いられました。一般人の着る物は綿を含めて紬という安価な屑糸で作られ、さらに増量するためにぜんまいの綿毛を織り込んだり、使い古した和紙を織り込んだりしていました。
  津軽のこぎん刺しはもともと農民がたいせつな生地を丈夫にするための工夫でしたし、結城紬を初めとする名だたる紬もいかに丈夫に大切に織るかという工夫を重ねたすえにできたものです。
  当時は人件費は現在に比べれば無に等しいようなもので、手間ひまは価値に含まれないとされていたふしも見受けられます。今日人件費が価値として認められるようになり、手間ひまのかかる物は高価になっています。絞り染も昔はそれほど高価ではなかったのかもしれませんが、大変手間のかかる染物ですので結城紬などと同じように「高価だけれども街着は街着」と言われるようになったのだと思います。

 丁寧なお返事ありがとうございます。
  私はたぶん現代的な感覚で模様の華やかさから考えていたので、 絞りにたいする感じ方が想像できませんでした。
「いくら高価でも街着」のお話については、 紬と同じような状況を言っているのではということでなるほどなと思いました。 こんなことをなかなか聞く機会がないので、 とても参考になりました。

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